夢とあこがれ

 

神社での奉納演奏をさせて頂きたいなぁ・・・というのが、数年前からの私の漠然とした願いでした。

最初は、何となくやってみたい、というミーハーな気持ちもあったのだけれど・・・。

 

歌を通して、誰かの癒しになりたい。

世界の平和を、声の響きのエネルギーに乗せて祈りたい。

それを意識し始めた時から、その願いを、神様の前で捧げたいと思うようになっていました。

 

2020年に入り、自分の夢や、やってみたいこと、目標などを整理していた時に気づいたのですが、いままで奉納演奏について、漠然とやってみたいと思っていただけで、意識して具体的に願っていたわけではありませんでした。

そこで、もう少し具体的に自分がどうしたいのか考えてみました。

 

 

どこでもいいからとにかくやってみたい、という話ではありません。

もし演奏させて頂く機会が得られるならば、一番最初はやはり、芸能の神様として有名な、天河大弁財天社。

こちらで授与される「五十鈴」は、「芸能技芸練達の器教」とされています。

私も、以前授与して頂いて、歌う時のお守りとして大切にしていました。

 

奈良の山奥にある天川村は、澄んだ水と空気にかこまれた、とても心地よい場所です。

もしも奉納演奏をさせて頂くのなら、一番最初はこの場所しかないなぁ・・・。

 

 

「もしも、私の歌がそれに値すると思われるのであれば、奉納演奏をさせて頂く機会を与えてください」

 

それが何ヶ月後なのか、何年後なのか、あるいは一生来ないかもしれません。

でももしも自分にその価値があるなら、きっと叶えられる。

そう思って、神様にお任せすることにしたのです。

 

 

後から知ったことなのですが、それなりの条件を満たしていれば、誰でも奉納演奏をすることは可能なのだそうです。

ようは、自分で申し込めばいいわけです。(考えて見たら、当たり前ですね・・・)

 

奉納演奏というのは、何かしらのご縁に導かれて初めて叶うもの、と思いこんでいました。

もしその導きがあれば、それは神様のオッケーが出たと判断出来ます。

もちろん、きちんとした実績を重ねた方であれば、そんな心配はいらないのでしょう。

でも私にとっては、無理をして動けば、それはただの我でしかないような気がしていたのです。

 

ご縁がある人しかたどり着けない、という噂もある天河大弁財天社。

そこで奉納演奏をさせていただけたら、やっと神様と繋がれる気がする。

人を癒したり、感動してもらえるような歌を歌うのは、自分の力だけではどうしようもなくて、やっぱり目に見えないチカラに応援してもらえるようにならなければ、難しいように思うのです。

 

そのご縁と覚悟を結ぶ機会が、奉納演奏なのではないか・・・。そう思ったのです。

 

 

 

出会い

 

それからしばらくして・・・。

某有名作家さんのセミナーに参加させて頂く機会がありました。

内容は、普段あまり公には話されない、「スピリチュアルな力を利用して自分の夢を叶えていく」ことをテーマに扱うとのこと。

実際にその作家さんは、どんどんご自身の夢を現実に変えている、いわば願望達成のプロフェッショナル。となれば、興味津々です。

 

 

セミナー当日、

「この中に必ず、あなたが出会わなければならない人がいます。その人と出会ってください」

 

そんな言葉が告げられました。

 

本当にそんな人、いるのかなぁ・・・

半信半疑でした。

 

セミナー中に、あるゲームがありました。

一枚の紙に、自分の情報を書く。

服装とか、髪型など、ヒントになるキーワードを書きます。

そして、それをボードに貼る。

全員が貼り終わったら、今度は一人づつ、貼られた紙の中から、これはと思う一枚を取る。

そして、その紙に書かれた手がかりを元に、全参加者の中からその紙を書いた本人を探します。

つまり、自分が相手を探すのと同時に、自分を探している人に見つけてもらわなければならないのです。

 

「どうか、ご縁のある人に私の紙が渡りますように。見つけてもらえますように・・・」

 

約100名近い参加者全員が一斉に動く中で、これはと思う相手を探すのは容易ではありません。

大半の人が相手を探し終える中で、だんだん取り残されていきます。

「自分って出会い力がないのね」とあきらめかけていた時・・・。

 

 

「これはあなたですか?」と声をかけてくれた人がいました。

それが、今回一緒に奉納演奏をさせて頂いた、Kenjiさんだったのです。

 

 

Kenjiさんは、即興でドラムの演奏をされるミュージシャンでした。

私は、音楽関係の方と出会いたいなぁと思っていたので、これはラッキーだなと思いました。

 

しかも、Kenjiさんは過去に天河神社で奉納演奏を行ったことがあり、名刺がわりにと手渡されたのが、その時の演奏を納めたCDでした。

この春に、演奏のためヨーロッパに渡られる予定で、渡欧の前に、再び天河神社で奉納演奏を行いたいと思っていたそうです。

神社に問い合わせたところ、単独での演奏は不可、ということだったので、その話は一旦白紙になった状態だとのこと。

 

 

そんな話をしていた時、一人の女性、Aさんがやって来て、話に加わりました。

「Kenjiさん、ぜひ一緒に天河神社で奉納演奏をさせて頂けませんか?」

 

気功や舞などをされているAさんと、Kenjiさんとの間で、奉納演奏をされるのか~、うらやましいなぁ・・・

そう思っていた時、Kenjiさんがくるっと私の方を向いて、

「dakaramさんも、一緒にご奉納されますか?」

 

「えっ、私が参加しても大丈夫なんだろうか・・・・?!」と内心躊躇したけれど、気がついたら「ぜひ、よろしくお願いします」と答えていたのでした。

 

(後でKenjiさんと話をしていてわかったのですが、この辺りにどういうわけか認識のズレがあって、私はKenjiさんとAさんお二人のご奉納に加わらせて頂くことになって、「割り込んですみません・・・」と思っていたのですが、Kenjiさんによると、Aさんが登場する前から、すでに二人で奉納演奏をする話になっていた、というんです。不思議ですよね。)

 

結局、神社さんとの交渉はすべてAさんが引き受けて下さるということで、気がついたら話がまとまっていたのでした。

 

 

急な話の展開に、嬉しいやら驚くやらでしたが、なにしろ、「ご縁のある人しかたどりつけない」神社です。

きちんとOKが出て日程が決まるまでは、どうなるかわかりません。

 

その後、進捗状態がわからないまま、しばらく日が過ぎていきました。

あまりに連絡がないので、神社側でNGだったのではないかと心配しはじめ、それならそれで、状況を素直に受け止めようと何度も思っていた頃、やっとAさんからご連絡がありました。

奉納は3月10日大安満月の日に決まったとのこと。

 

どうやらやっと、夢は現実のものになりつつあることに、嬉しくもほっとすると共に、本当に自分で大丈夫だろうかという不安もありました。

 

そしてもう一つ、天川村までのアクセスをどうするのか、という問題もあります。

「たどり着けない神社」と言われる理由の一つは、この神社がとても行きにくい場所にあるからなのだと思います。

最寄りの駅からバスに乗って60分もかかる上に、バスの本数は1日3本。

 

それまで2度、この神社を訪れていましたが、伊勢、奈良方面の旅行の途中で、家族の運転する車に乗せてもらってのことでしたので、難なくたどり着けたのです。

 

でも今回は単身で向かう。

車で行くなら、自宅から560キロ。

時間にして9時間ほどかかります。

一人でそんな長距離の運転をしたことがない上に、苦手な首都高を通らなければならない。

運転に自信のない私にとって、それはかなり難しい・・・。

 

持って行く荷物の量や交通の便を考えると、車の方がいいのだけれど、結局、安全を考えて電車で行くことにしたのでした。

 

 

新型コロナウイルス騒動

 

2020年、1月末頃からじわじわと話題になっていた新型コロナウイルス。

ご奉納の近づいた3月頭には、かなり深刻な状況になっていました。

 

学校は休校になり、コンサートやイベント、人の集まる催しなどは相次いで中止。

人の移動による感染リスクを考えて、旅行も自粛ムード。

奉納演奏は大丈夫なのだろうか・・・と心配していたら、Aさんから連絡がありました。

 

神社側でも、もし天川村に感染者が出た場合は、神社を閉鎖するとのこと。

そうなれば当然、奉納演奏も中止です。

 

Aさんから、ウイルスの影響を考慮して、ご奉納の意思について、改めて問われました。

私は、出来ることならば、中止にならない限り奉納させて頂きたい旨をお伝えしました。

Kenjiさんも同様でした。

Aさんからは、状況を見て数日中に判断しますとのことでした。

 

私はてっきり、Aさんが辞退を決めたら、今回のご奉納はなくなるものだと思っていました。

なんとか、状況が悪くならないうちに、ご奉納出来ないかと思いつつも、「どうしても」との思いが強くなれば、それは我でしかないし、我を通して奉納させて頂いても意味がないとも思いました。

 

どうしたものかと思い、Kenjiさんにご連絡したところ、

「Aさんが辞退しても、二人で奉納することは可能なので、その場合は2人でやりましょう」とのことでした。

 

 

数日後、Aさんからは、やはり辞退するとの連絡がありました。

万一自分自身が気がつかないうちに感染したまま長距離を移動して、ウイルスを広げることになる危険も考慮されたとのこと。

日に日に感染者が増えて行く中で、それはとても正しい判断だと感じました。

 

となれば、当然私にも同じリスクがあるわけです。

躊躇しましたが、同時に「試されてるな~」とも感じたのです。

 

電車移動のリスクを回避するなら、車で行くという選択があります。

 

「よし、天川村まで車で行こう」

 

560キロの距離を、一人で運転して行くのは冒険だけれど、そんなことをきっかけにして、あんがい人は、それまで自分には無理だと思っていたことが出来るようになるのかもしれません。

 

それからの数日は、とにかく天川村に感染者が出ないことを祈り、けれどももし中止になったら、それはそれできちんと受け止めようと思う毎日でした。

 

前日の朝に出発して、その日は神社近くの宿に泊まり、翌朝にご奉納の予定です。

 

何事もなく出発当日の朝を迎えた時には、ほっとしました。

最悪、現地に着いてから中止になるという可能性もありますが、その時はその時です。

ただ何となく、これは大丈夫そうだな、という感覚もありました。

 

 

天川村へ

 

朝8時に出発して、夕方4時半頃、なんとか無事宿に到着。

途中、危うい場面もあったのだけれど、今回のことは神様が守ってくれているから大丈夫、という根拠のない安心感も抱いていました。

 

宿でKenjiさんと落ち合い、神社にご挨拶。

その後、近くにある天の川温泉でお風呂に入り、夕食を取りながら明日の打ち合わせをしました。

 

お会いするのは、今回が2度目。

当然、一度も一緒に演奏したことがないのです。

私より、音楽家としてのキャリアがずっと長いKenjiさん。

正直なところ、よくOKしてくれたなぁと思っていました。

でもKenjiさんによれば、会って少し話せば、一緒に出来るかどうかはだいたいわかるのだそうです。

 

「歌おうとしない。演奏しようとしない。

内側から音楽が満ちて来た時、自然に湧いて出るもの」

 

 

初めて会った時、Kenjiさんが話していた言葉です。

長年、即興演奏をされて来たミュージシャンだからこその感覚なのでしょう。

 

もっと厳しい方だと思っていたのですが、話してみればとても気さくな人でした。

今回の演奏についても、私のやりやすいようにと考慮してくれて、

「歌いたいようにやってもらえれば、それに合わせます」とのことでした。

 

それならば・・・・。

あまり細かいことは決めずに、その時に浮かんだ言葉や音やメロディを、その時の気持ちのままに歌いたい。

お互いに相手の音を聞き、相手の呼吸を聞きながら、音を重ねていきたい。

せっかく、即興演奏家のKenjiさんとご一緒出来るのだから、その瞬間にしか出来ないことをやってみたい。

 

というわけで、始まりと終わりの取り決めだけをして、約20分間、自由に歌い、舞う、ということになったのでした。

 

 

いざ奉納演奏へ

 

当日の朝。

前日の快晴とは打って変わって、予報通りの雨。

水の音は、それだけで心を落ち着かせてくれるし、空気も浄化されるので、なかなか悪くありません。

 

神社では毎朝、朝拝があって、誰でも自由に参加出来るとのことだったので、行ってみることにしました。

着いてみると、すでに始まっていて、何人かの参拝者の方や神社で働く巫女さんが着席しています。

私達は、静かにそっと、空いていた右側の席に座りました。

 

すると、社殿の奥からサーっと強い風が吹いて来て、張られれていた幕が風になびきました。

風になびいた幕に押されて、右前に置かれていた木製の衝立が、ガタンと倒れました。

 

「あっ、これは神様からのメッセージだな」

 

歓迎なのか、激励なのか、それとも、ただ存在を知らせるためなのか。

それはわからないけれど、奉納演奏を前にして、神様の存在を感じた瞬間でした。

 

 

朝食後、社務所で奉納演奏の受付済ませて、機材の搬入へ。

ご奉納させて頂く場所は、神殿正面の檜舞台。

建物は、階段を1.5階分ほど登ったところにあります。

雨の中、ドラムのフルセットを運び込み、組み立て、舞台の上に上げ、終わったらまたバラして戻す。

結構大変な作業ですが、そのこと自体が、一つの儀式のようにも感じました。

もっとも、私は軽いものしか運んでなくて、重量のあるものはすべてKenjiさんが運んでいましたが。。。

淡々と作業される姿に、ああ、本当にドラムが好きなんだなぁと感じていました。

 

 

 

不思議な出来事

 

私たちの奉納は11時からでしたが、その前にクリスタルボールの演奏をされる方がいらっしゃるとお聞きしたので、私たちも参列させていただくことにしました。

 

奉納される二人の女性と、関係の方々が拝殿に上がり、宮司さんが祝詞を上げられます。

その後、玉串を奉納するのですが・・・。

奏者のお二人が玉串を奉納されようとした時、舞台に並べられたクリスタルボウルが、鳴り出したのです。

もちろん、誰も触ってはいません。

 

その音は、お二人が玉串奉納を終えるまで鳴り続けていました。

ああ、クリスタルボールが喜んでいる。

そして、神様が二人を応援してくださっているのだなと感じました。

 

これには本当にびっくりしましたが・・・、こういった場所では、よくあることなのかもしれませんね​。

 

自分たちの奉納の前に、美しいクリスタルボールの演奏を聴かせていただいたおかげで、身も心もますます清められて準備はバッチリでした。

 

 

そして本番

 

いよいよ、私たちの番が来ました。

ドラムセットを舞台に上げて、セッティングが完了すると、すぐにご祈祷が始まりました。

 

宮司さんが、祝詞をあげてくださいます。

普通の言い回しではないので、所々よくわかりませんでしたが、

「美しい歌の響きで、今後益々、人々の心を癒していかれますように・・・」

そんな言葉が、祝詞の中に込められていました。

 

宮司さんと、事前に全く打ち合わせもご相談もしていなかったのに、私の心願がどうしてわかったのでしょう。

 

ああ、これは神様との約束なんだ。

 

此の期に及んで・・・という感じですが、今更ながらに身の引き締まる思いがしました。

 

それは何度も何度も、自分の中で誓って来た言葉だけれど、神様の前でその約束をしたからには、生半可な気持ちではいらなれない。

もしも、うまくいかないことがあったとしても、途中であきらめたり、投げ出したりしせず、努力を重ねていこうと、改めて自分自身に誓いました。

 

 

玉串の奉納も終わり、いよいよ演奏、ということになりましたが・・・。

すぐに始めてしまうと、演奏の途中で12時のチャイムが入ってしまうということで、開始はチャイムが鳴り終わってから、ということになりました。

 

始まるまでのしばらくの間、控え室で、お茶とお菓子をご馳走になりました。

(この、控え室を案内してくれたり、お茶を入れてくださった巫女さんも、気配りの行き届いた、とっても素敵な女性でした。演奏前をよい気持ちで過ごせたのは、この女性のおかげでした)

 

 

お茶をいただいている間、宮司さんが気さくに話しかけてくださいます。

人生経験の豊富なKenjiさんは、さすがに色々と楽しそうにお話しされていましたが、私は緊張してしまって(というよりも、何か話したらボロが出そうで・・・)、ほぼ、会話に相槌を打つ程度でした。

 

宮司さんは、天河大弁財天社の宮司になる宿命を持って生まれた方。

大神神社で3年間を過ごし、その後天河に戻って28年になるのだそうです。

見た目はごく普通の気さくな方なのですが、何だか自分の未熟さを見透かされそうで、つい緊張してしまいます。

 

 

そして、いよいよ演奏の時が来ました。

 

 

神社のまわりに宿る微生物達に、歌声を届けること。

すると、自分の身体の中にいる微生物が共鳴し、同調し、感動する。

自分の微生物が喜ばなければ、外の微生物は感動しない。

鳥や虫の声、そして風や水の音まで感動させられる。

ごれが、神様のハタラキ。

 

古い友人のYさんから、その日の朝SNSを通じて届いたメッセージでした。

 

どうやったら微生物さんたちを喜ばせることが出来るだろうか・・・。

実は、朝からそのことばかりを思っていました。

おかげで他に余計なことを考える隙がなく、必要以上に緊張せずに済んだのは、有難いことでした。

 

ただ、無心であること。

子供のように無邪気であること。

必要以上に頑張ることも、実力以上になろうとすることもなく、ただありのままに、子供のような自由な心で表現してみよう。

そう心に決めて、ご奉納に向かいました。

 

 

演奏の間は、夢中でしたが、常にKenjiさんのドラムの音を聴くこと、そして空間と体が共鳴すること、その二つを意識していました。

 

リハーサルなしのぶっつけ本番でしたが、不思議とそこに不安はありませんでした。

決して上手いパフォーマンスではなくて、未熟さだらけなのだけれども・・・それを受け入れてくれる神様の懐の深さも感じました。

 

Kenjiさんのドラムの、心地よく寄り添うようなリズムの中で、自由に遊ばせてもらうような20分間が、あっという間にすぎていきました。

上手い下手ではなく、ただやり遂げた満足感だけがありました。

 

 

演奏が終わり、後片付けをしていると、たまたま参拝にいらしていた方たちが、話しかけて来てくれました。

 

演奏が始まった時にちょうど社殿に入って、釘付けになってしまったこと。

ドラムの音にも、歌声にも大変感動してくださったとのこと。

声の響きが胸に深く染み込んで、あたたかくなったとのこと・・・。

 

 

いつもいつも思うのです。

歌っているときほど、魂が喜ぶ瞬間はないと。

そして、目の前の人が喜んでくれたり、感動を伝えてくれる時ほど、嬉しい瞬間もありません。

 

だから・・・・

またその瞬間と出会いたくて、これからも歌い続けていくんだろうな。

 

 

 

演奏を終えて

 

Kenjiさんは、この奉納演奏後、ヨーロッパに渡って音楽活動をされるとのこと。

2~3年は帰国せずに、現地で活動されるそうです。

今回の奉納演奏を通して、改めて神様に背中を押された気がしたとのことで、いまは渡欧のための準備をされているご様子です。

 

このようなタイミングで出会って、ご一緒できたことは、私にとっても嬉しいかぎりです。

とても濃い二日間をご一緒したけれど、もしかしたら今生ではもう2度とお会いする機会が訪れないかもしれません。

 

すべての段取りをしてくださったAさんとは、結局ご一緒出来なかったけれど、Aさんがいなかったらこのご奉納は実現しなかったかもしれません。

私にきっかけを与えてくれたAさんにも、とても感謝しています。

 

人との出会いは、本当に不思議で、推し量れないものがありますね。

 

 

 

私は、今回の気持ちを忘れないようにと、いまこれを書いています。

コロナウイルスが世界に蔓延して、WHOがパンデミックを発表。

日本も、いつロックアウトが起こるかわからない状況で、危ぶまれたご奉納。

 

それでも、自分の意思をもって、あとは自然の流れにまかせること。

 

 

 

誰かの意見ではなく、いつも自分の心に忠実であること。

夢に向かって努力しつづけること。

 

急に何か大きいものを成し遂げることは出来ないかもしれないけれど、あきらめずにスモールステップを重ね続けて行くこと。

 

そして、自分自身の歌をうたうこと。

歌声で、誰かの癒しになること。

それが、神様と交わした約束だから・・・。