あれは2012年の秋。

(株)ことば未来研究所代表、鮒谷周史さん主催の、3日間集中セミナーに参加したときのことです。

 

当時の私は、ステントグラスのデザイナーとして働いていました。

大変なこともあったけれど、それなりに充実しした日々でした。

絵を描いたりデザインをしたりすることが好きな自分にとって、それは誰しも憧れるであろう「好きなことを仕事をしている」状態でした。

 

でも、何かが違う気がしていたのです。

 

「ステンドグラスのデザインを通して、パブリックアートに関わるような仕事がしたい」

それが私の夢でした。

そして、気がついたら、いつの間にかその夢は叶っていました。

商業施設や学校、病院はもとより、新幹線の駅舎や空港にも、自分のデザインしたステンドグラス作品が納められていました。

 

なのに、いざ叶ってみたら、それは自分の求めていたものとは違っていたのです。

 

何が違っていたのだろう・・・?

 

はっきりとはわかりませんでした。

ただ、このままこの仕事を続けていっても、どんどんその「違う」という感覚ばかりが広がっていくだろう、ということはわかっていました。

 

 

 

そのセミナーを受講した3日間は、今までの人生の中で、こんなに多くのことを短期間で吸収したことがあるだろうか、というくらい充実した時間でした。

 

ビジネスが基本テーマのセミナーでしたが、小手先なことではなく、基礎的な「生きていく力」を押し上げてくれるような深い内容でした。

たった7名という少人数の中には、すでに経営者として活躍されている方や弁護士の方もいらっしゃいました。

当初、自分は場違いなのではないかとの思いもあったのですが、それは杞憂でした。

一分一秒たりとも聞き逃したくないほど魅力的な鮒谷さんのお話しに、参加者全員が内側から沸き立つような興奮に包まれた3日間でした。

 

 

セミナー最終日。

一番最後に取られたのは、「自分自身と向き合う時間」でした。

これまでの学びを通して、今後自分がどうしていきたいのか。

そのビジョンを、何もない白紙の紙に書き出して行く作業です。

 

この日常から離れた空間で、自分自身と向き合い、深掘りしていく。

始まると同時に、全員が堰を切ったようにペンを動かして行きました。

溢れるばかりの未来への希望、夢・・・。

 

 

私ももちろん、意気込んで紙に向かったのです。

 

ところが、何も書けない。

何一つ言葉が浮かんで来ません。

 

無理をして、思いつく言葉をひとつ、ふたつ、書いてみます。

でも、なんだか上滑りな感じしかしません。

 

 

気がついたら、泣いていました。

 

いま自分は、日本という平和な国で、特に不自由もなく暮らしている。

けれどこの瞬間にも、飢えや病気で苦しんでいる人がいる。

紛争で家族を奪われた人、貧しい家庭の中で労働を強いられる子供、医療も受けられずになすすべもなく亡くなっていく人々・・・。

 

それなのに、私は何もできない。

何をすることも出来ずに、ただのうのうと生きているのだ。

 

涙が後からあとから溢れて、嗚咽が止まらなくなりました。

 

 

どうしようもなくなり、部屋を出ました。

ロビーの椅子に座って、気持ちが静まるまでしばらくじっとしていました。

 

 

現在の仕事に疑問を抱いて、もっと他に生きる道があるのではないかと受講したセミナーでしたが、この時初めて、本当に自分が望んでいるとに気づいたのです。

 

それは、この世界が少しでも平和に近づくこと。

そのために、自分の能力を使って出来る何かがしたいということ。

そうでなければ、自分は生まれて来た意味が見出せない、ということ。

 

 

私は、自分の出した答えに、ただ驚いていました。

今まで、自分がそんなことを望んでいるだなんて、考えたこともなかったのです。

 

恐れ多いというか、身の程知らずというか・・・。

たった一人の、何も出来ない人間が、世界平和だなんて呆れた話です。

そういうことを願うのは、もっと立派な、頭が良くて行動力があって、社交的で人望があって、影響力があって、人を惹きつける魅力を持った人のやることだ。

私なんて、とてもそんな資格はない。

 

こうして書いてみると、平和を願うことに資格なんてあろうはずもないのだけれど・・・。

「自分にそんな資格があるだろうか?」というのは、今でも時々自問してしまうことでもあります。

「自分なんて、おこがましい」

この言葉を、自分に向けて何度言ったかわかりません。

 

(振り返ってみてわかった事ですが、この「自分なんて・・・」という気持ちや態度が、かえって周りの人に違和感や不快感を与えていたようなんです。

だから今は、なるべく自分に向けてこの言葉を使わないように気をつけています。)

 

 

自分のやりたいことはつまり、仕事というよりも、世界の人々が豊かで幸せになることに貢献したい、ということだったのです。

 

この出来事を通じて、初めてそれを感じ取ることが出来たのでした。